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釜山港視察(清水港・御前崎港ポートセールス)
県議会議員 西原茂樹

私たち一行は宿泊先のロッテホテルを出発し、釜山港に向かった。
通常だったら1時間近くかかるという道もすいすい進む。
案内してくださる金さんが
「今韓国、危機だからラッキーでしたね。道が込んでいません」
日本人がラッキーというのは不謹慎だが、金さんがいうので納得する。
「日本と一緒です。大きなビルは、銀行、保険会社、それに本社機能のある会社のビルです。」
「木はご覧のとおり山にありませんから、全部輸入です。でも石はたくさんあります。墓石は日本にも輸出しています。キュウリも行っています。」
「博多までは7時間、大坂まで21時間です。最近はビートルという高速船で行けば、2時間55分で博多に行けます。」
金さんの説明に聞き入っているうちに釜山港の入り口のゲートに到着する。
かなり厳重な監視にある。
今日最初に訪問する韓進海運の方がゲートまで迎えに来てくれる。
韓進海運の応接室で私たちを迎えてくれたのは、釜山港湾支店輸入運営部長のY.C.BYEONさん。
机上の釜山港の地図を示しながら釜山港の現状の説明をしてくれる。
依然日本にいたことがあり日本語は流暢である。
釜山港全体では現在コンテナで5,000,000TEUの扱い。
清水が1,800,000横浜が3,000,000だからいかに釜山の規模が大きいかわかる。
公共埠頭が2カ所ある。
今日後で訪問するB.C.T.O.C(釜山コンテナターミナルオペレーションコーポレーション)とP.E.C.Tだ。
頭文字のBとPの違いは標記の違いで両方とも釜山とよむそうである。
韓進海運のBYEONさんの話しによると
「私たちの会社では、ここから40分くらいのところに自社でコンテナターミナルを作りました。約45,000坪です。昨年の11月にオープンしましたが、埋め立てから5年で、約1,000億ウオンかかりました。」
「甘川と言うところですが、その45,000坪の埋め立て用地に、600メートルマイナス13メートル岸壁を2バース設けました。355,000TEU扱えます。ガントリークレーンが4機設置されています。」
これだけの計画を5年でやってしまうとはさすが韓国の力を感じる。
ちなみに40フィートのコンテナを清水から東京に陸送するのに、60,000円かかると言う。その同じ料金で新潟港から釜山港まで10時間あまりでついてしまう。そして世界中の港へ向かって積み替えられて安い料金で港が使われている。
神戸の震災の後この傾向がいっそう顕著になってきた。
現在東京〜横浜〜清水〜釜山のコンテナルートが週1便でている。
少ない気がするのでなぜ清水にもっとよれないか質問すると
「清水は中途半端です。確かに24時間体制をとっていたり料金も安いが、出入りのバランスが悪い。つまり、輸出の荷物はたくさんあるが、輸入の荷物がないので空のコンテナが集まってしまう。コンテナ船が20,000トン時代は良かったが、50,000トン時代になってきたので量が足りない。」
清水が世界の大競争時代に取り残されようとしていると感じる指摘が続く。
「今後10年かけて、海運大手4社でマイナス14メートル4バースを岸壁を作ります」
一体釜山港はどれだけコンテナを集めようとするのか。
金さんが昨日酒を酌み交わしながら
「釜山は大陸の玄関」
と言っていた言葉を思い起こす。
続いてB.C.T.O.Cを訪問する。
ここでは埠頭運営公社のHo Sang Kwon管理常務さんの説明に続いてビデオを見る。
1978年にできたこのコンテナターミナルは13基のガントリークレーンを設置し年間1,830,000TEUを扱う。
さぞ積み替え需要が多いのではと質問をすると
「国内需要が70パーセントで積み替えは現在30パーセントです。」
との回答。
ここでも「無限競争時代に入った!」が強調される。
「競争力はもちろんコストです。そしてサービスです。
コストで言えば競争相手はずばり中国!
韓国が日本の半分、中国は韓国の半分です。」
「サービスはもちろん24時間ですし、正月に休むだけですべて年中無休です。競争に勝つために港湾庁がポートセールスを強化しています。」
B.C.T.O.Cは国営企業です。コンテナは1990年に公団ができてそこで運営されています。
6バースマイナス12メートル岸壁は圧巻である。
金さんに聞いたためになる話。
「韓国は徴兵制度がある。しかし軍隊に行きたくなければ方法がある。高校を卒業しないことである。高校もでれないような人は労働者にもなれない。もちろん軍隊でも役に足たないそうである」
ちなみに高校を出ていない人は300人に一人と言うことである。
「釜山に比べると静岡清水は田舎ですね!」
清水によく来る金さんはそう指摘した上で
「皆さんの力で大きな港大きな町にしていってください」
と激励される。
私たちは、その後釜山市中央区庁舎を訪問し区長さんや議会関係者と懇談会を持ったり昨年暮れ完成した市庁舎の見学を行った。
2月17日から19日までとあわただしい日程だったが、釜山港の現状と今の海運の状況を肌で感じることができたことは収穫でした。
さらにすべてに
「IMFだから我慢しよう。がんばって再び発展しよう!」
とひたすら堪え忍びながらしたたかに生きている韓国の人々に学ぶべき点は多い。